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『オーガニックビレッジ宣言都市』探訪 -栃木県小山市編-

思川に咲く桜

2021年に農林水産省が策定した「みどりの食料システム戦略」では、2050年までに耕地面積に占める有機農業の取組面積の割合を「25%(100万ha)」に拡大するという目標が掲げられています。2020年時点の実績値が「約0.6%」という現状を考えると、この数字はとても高い目標だと言えます。

その目標を達成するために期待されている取り組みが、「オーガニックビレッジ構想」です。有機農業の生産から消費までを一貫して行い、地域ぐるみで産地の創出に取り組む市町村を「オーガニックビレッジ」と制定。今年の8月時点でオーガニックビレッジに取り組んでいる市町村は92市町村、2025年までの目標である「全国で100市町村」に向けて順調に推移しています。

WHY ORGANICでは、これからの日本の有機農業を牽引していく「オーガニックビレッジ宣言都市」をシリーズとして取り上げ、さまざまなテーマからみなさんに紹介していきます。

▶農林水産省 みどりの食料システム戦略
▶農林水産省 オーガニックビレッジ

シリーズ第3弾では、栃木県小山市をご紹介します。小山市では温暖な気候を生かしてお米やはとむぎをはじめとした、さまざまな農産物が生産されています。ラムサール条約(※)で登録されている湿地「渡良瀬遊水地」の周辺では10年以上「ふゆみずたんぼ」による有機稲作が行われており、2021年には小山市有機農業推進協議会が設立され、有機農業の普及に積極的に取り組んでいます。

そんな小山市の取り組みについて、浅野正富市長とオーガニックアンテナショップ「HARETARA」の石川均さんにお話を伺いました。

(※)国際的に重要な湿地とそこに生息・生育する動植物の保全を推進するため、1971年に採択された条約


コウノトリに選ばれた自然豊かな町

小山市・浅野 正富市長

―小山市の歴史について教えてください。

―浅野市長
現在の小山周辺はかつて下野国(しもつけのくに)と呼ばれており、この一帯を統治したのが小山氏でした。初代政光公の妻・寒川尼が源頼朝公の乳母だったため、頼朝公の挙兵にいち早く賛同しており、これが鎌倉幕府の成立に深く関わっています。
江戸時代に日光街道ができてからは、佐野・栃木・結城・壬生の各方面への脇道が分岐する宿場町として賑わいを見せる一方で、内陸水路としての思川の舟運による多くの河岸も栄えました。
また、市の南端には、明治時代に田中正造翁が尽力された足尾銅山鉱毒被害の防止対策の一つ、また氾濫被害軽減のため、谷中村を廃村として造られた渡良瀬遊水地があります。

―かなり古い歴史を持つ街なんですね!小山市のある栃木県というと、農業が盛んな印象があります。

―浅野市長
そうですね。小山市は温暖な気候かつ地形にほとんど起伏がないので、市街地の周辺には農地や平地林の田園環境が広がっています。またラムサール条約湿地である渡瀬川遊水地には2020年からコウノトリが繁殖しています。これはコウノトリの餌となる魚やカエルといったさまざまな生物が生息する環境があることを意味し、豊かな自然がある証拠なんです。

渡良瀬川遊水地に住むコウノトリ

―コウノトリにも選ばれた豊かな自然が広がっているんですね!そんな小山市ではどのような特産品があるのでしょうか?

―浅野市長
主な作物は米・麦で、渡良瀬遊水地周辺では環境に配慮した特別栽培米「生井っ子」、有機農業による「ふゆみずたんぼ米」が作られています。
また、トマト、イチゴなどの野菜や果物も生産されていて、小山産はと麦で作られたはと麦茶は、肌の潤いを維持する機能性表示食品となっています。

―小山市で人気の観光スポットと市長のおすすめスポットについて教えてください。

―浅野市長
小山市の定番観光スポットは、市内大川島にあるスローライフリゾートいちごの里です。日本最大級の観光農園で、カフェやレストランもあり、来客数は年間30万人近くに上ります。

私のおすすめスポットは、渡良瀬遊水地です。広大なヨシ原に多くの動植物が生息していています。また、毎年3月に行われるヨシ焼きではヨシ原がダイナミックな炎に包まれ、春の風物詩となっています。

ヨシ焼の様子

生産から消費まで、地域全体で有機農業を推進

―小山市ではオーガニック農業推進の取り組みとして、2021年に「小山市有機農業推進協議会」を設立されたと伺っていますが、具体的にどのような取り組みを行っているのでしょうか?

―浅野市長
本協議会は有機農業の育成・普及・発展を通して、持続可能な地域農業の存続・発展を図ることを目的に、小山市、農業者、有機農業指導者、流通関係者や消費者などで設立しました。有機稲作に取り組む農家への技術指導や設備支援、流通事業者との意見交換会、農家・市民を対象としたオーガニック講座の実施、有機農産物等を提供するアンテナショップの運営など、生産から流通、消費まで、地域全体で有機農業を推進する幅広い取り組みを行っています。

―川上から川下まで、有機農業に関わるさまざまな人を巻き込んだ取り組みを積極的に進めているんですね。小山市は2023年に「オーガニックビレッジ宣言」をされましたが、その経緯について教えてください。

―浅野市長
小山市では、2012年に設立した「ふゆみずたんぼ実験田」(※)推進協議会や先ほどの小山市有機農業推進協議会を通して、自然環境への負荷に配慮し、野生生物の生息環境を保全する有機稲作の推進に力を入れてきました。さらに、2021年にみどりの食料システム戦略が策定され、カーボンニュートラルの実現や持続可能な農業の推進が求められるようになりました。そのため小山市としても、「オーガニックビレッジ宣言」をすることで生物多様性に配慮した持続可能な地域農業の発展と、都市環境と田園環境の調和のとれた田園環境都市の実現に向けて、生産者から消費者までが一体となった有機農業の推進を加速させることを全国に表明しました。

(※)稲刈りを終えた冬の間も田んぼに水を貯めておくことで、さまざまな生き物を田んぼに集め、豊かな生物環境を作り出すことを目指した田んぼ

―最後に、今後の展開について教えてください。

―浅野市長
学校給食での有機米使用率100%を目指すとともに、有機野菜の生産推進に取り組んでいきます。小山市の有機稲作は、2023年度面積18ヘクタール、収量52トンでしたが、2027年度は学校給食のおよそ半分を目標に、30ヘクタール、100トンを目指しています。「田園環境都市おやま」の創出に向けて、コウノトリと共生できる農業に取り組んでいきます。また小山市では農業者の担い手不足と高齢化を課題として抱えています。小山市の農家数は、2000年4,154戸であったところ、2020年では1,682戸と最近20年で大きく減少しており、高齢化率(農業従事者65歳以上の割合)もここ20年で20%増えている状況です。これらの農業全体に関わる課題についても、協議会を通じて対応を進めていきます。


「顔が見えるつながり」を創出するアンテナショップHARETARA

2023年2月に小山市内にオープンしたオーガニックアンテナショップ「HARETARA(ハレタラ)」。農薬不使用・化学肥料不使用・動物性堆肥不使用の農産物や農産物加工品の販売を通じて、生産者と消費者の「顔が見えるつながり」を創出しています。今回は、同ショップを運営する市民団体HARETARAの代表を務める石川均さんにお話を伺いました。

石川代表(右から二人目)とHARETARAメンバーの皆さん

「食の大切さを伝えたい」。定年後に始めたテント販売

―独立店舗でのオーガニックショップは小山市内で初めてのことと伺いましたが、「HARETARA」オープンまでの経緯について教えてください。

―石川さん
以前から「食の大切さ」を伝えるために、宇都宮市を拠点として、農産物・農産物加工品のテント販売を行っていました。2014年の10月からは小山市にある店舗の駐車場などをお借りして販売するようになり、2023年3月小山市のオーガニックビレッジ宣言をきっかけに、「みどりの食料システム戦略」推進交付金を活用してオーガニックアンテナショップ「HARETARA」をオープンしました。

―テント販売をするようになってから10年目になるんですね。そもそも石川さんがテント販売をするようになったきっかけは何だったのでしょうか。

―石川さん
元々歴史分野の学芸員として行政職に就いていたのですが、定年退職間際に、食の安全に関する講演会に参加したことがきっかけで、多くの人に「食の大切さ」を伝えたいと考えるようになりました。元気で長生きするには生活習慣病の予防が何より重要であり、そのためには何を選んで口にするか、つまり食習慣が大切です。定年後は「食の大切さ」を伝える活動に取り組みたいと考えていました。

―そのときの経験が「HARETARA」の立ち上げにつながるわけですね。ご自身では農業経験がなかったと伺っていますが、「HARETARA」をオープンさせるにあたって苦労した点があれば教えてください。

―石川さん
2014年にテント販売を始めるにあたり、農薬不使用・化学肥料不使用・動物性堆肥不使用という安全基準を設けました。しかし、私は農業に従事した経験がないため、生産者の方からは「自分でやっていない人に言われても説得力がない」というお言葉をいただきました。そこから一念発起して農地を取得。農薬に頼らない栽培方法を確立された有識者に教えを乞いながら、これまでにさまざまな品目の農産物を栽培してきました。

石川さんが自身の畑で育てるユウガオ

対面の会話が生む、本当の「安心・安全」

―生産者の方のアドバイスを機に実際に農家さんになられたのですね!小山市が設立した小山市有機農業推進協議会において、「HARETARA」はどのような役割を担っているのでしょうか。

―石川さん
有機農業を営む生産者の多くが販路の拡大に苦労するなかで、「HARETARA」は農産物を販売する「機会と場」の提供を行っています。それと同時に、お客様と会話をしながら対面で販売することを大切にしているため、生産者と消費者をつなぐ場としての役割も担っています。

―お客さまとの接客を大切にされているのは、どのような想いからなのでしょうか。

―石川さん
当店のような小さなお店がスーパーのように商品を並べても、お客さまは広がらないと考えています。安心・安全な農産物を販売する上では、お客さまとの信頼関係が最も重要です。必ず対面でお客さまと会話をしながら販売するようにしています。,

―実店舗ならではの魅力ですね! 続いて、お店の特徴について教えてください。

―石川さん
何と言っても、生産者が丹精込めて育てた新鮮な農産物を取り揃えていることが一番の魅力です。店舗自体は大きくありませんが、市内・県内有数のブランド野菜、農産物加工品が並んでいます。

オーガニックアンテナショップHARETARAの外観

―現在何種類の農産物や加工品を取り扱っているのでしょうか。店舗の紹介映像を拝見しましたが、「顔が見える野菜」も販売されていましたね。

―石川さん
農薬や化学肥料を使わずに栽培した野菜を中心に、700品目ほどありますね。基本的には小山市の農産物を中心に取り揃えていますが、県内外・全国の生産者が育てた農産物もあります。最近ではアフガニスタンの農家や女性の就労支援・自立支援を目的に、アフガニスタン産のドライフルーツやナッツも扱っています。

―店舗の紹介映像を拝見しましたが、「顔が見える野菜」も販売されていましたね。

―石川さん
ありがとうございます。ボードを使って生産者のお名前や産地情報などを公開しています。生産者の方がお客さまと会話しながら野菜を販売してくれるのが理想ですが、忙しい生産者の方も多いため、ボードを通じて生産者のこだわりなどを発信しています。

店内に並ぶお野菜。ボードで生産者の方の名前やこだわりを発信

―実際にご来店されるお客さまはどのような方が多いのでしょうか。

―石川さん
20代から70代まで幅広い年齢のお客さまにご利用いただいています。市内在住の方が中心ですが、近隣市町村はもちろん、県外からいらっしゃる方も増えています。小山市の東隣には姉妹都市の結城市がありますが、そこからわざわざ足を運んでくださる方もいて嬉しい限りです。

―利用されているお客さまの反応などはいかがでしょうか。

―石川さん
農薬不使用・化学肥料不使用・動物性堆肥不使用なので、安心して購入できると言ってくださる方が多いですね。加えて、有機野菜は野菜本来の味わいが強く感じられるので、一度お買い求めくださったお客さまは、その後も継続してご利用いただいています。

―小さなお子さまがいる家庭やアレルギーをお持ちの方は、安全な野菜を選ぶ傾向にありますが、そういった方も多いのでしょうか。

―石川さん
実際にお客さまから話を聞いてみると、野菜や果物にアレルギーをお持ちの方も多いです。お子さまの食物アレルギーに悩まされたことをきっかけに、無農薬野菜を選ぶようになったという方もいました。

母から子へ、有機野菜が伝える「食の大切さ」

―石川さんは「小山っ子の未来を守る会」にも参加されているとのことですが、有機野菜を通して子どもたちに伝えたいメッセージがあれば教えてください。

―石川さん
「小山っ子の未来を守る会」は、学校給食の有機化と住環境の改善をテーマに活動する市民団体です。子どもたちの笑顔と未来を守るために、署名活動や小山市長・市職員との意見交換、ドキュメンタリー映画の自主上映会、マルシェなど、さまざまな活動を行っています。
私たち人間は、自分自身で選び口にしたもので生命を維持しています。より安全で充実した人生を送るためには、できる限り化学物質を摂取しないことが大切です。子どもたちは母親の料理を通して「食の大切さ」を知っていくため、親御さんには有機農産物を通じて食の持つ楽しさや豊かさを子どもたちに伝えてほしいです。

マルシェの様子

―ありがとうございます。最後に「HARETARA」の今後の展望について教えてください。

―石川さん
「HARETARA」を立ち上げて約1年が経ち、常連のお客さまも増えました。今年はオープン1周年を記念して、有機農業を営む生産者を集めたマルシェを開催する予定です。今後も生産者同士あるいは消費者同士の「顔が見えるつながり」を創出していきたいです。また、栃木県内にはオーガニックビレッジ宣言をした自治体が3つありますが、小山市がロールモデルとなり、成功事例を県内・近隣市町村に広げて、有機農産物の生産・消費拡大と持続可能な地域農業の発展に貢献していきたいです。